2012/12/31

平成24年の最後に

平成24年が終わります。
今年は多くの方にお世話になりました。

平成24年
1月末で議員を辞職して、4月に市長選挙に出馬しました。

新人が3期目の現職に挑むには、組織をつくり名前を浸透するための活動期間として、3ヶ月弱の期間は短すぎることは十分承知していながら、敢えて挑みました。

選挙では多くの方にお世話になりましたが、結果は出馬への決断時期を含め私の力不足による落選でした。

選挙後は、選挙の際にいただいたご支援・ご指導に応えるためには京丹後市のために何ができるかを考えてきました。

次回の市長選挙が行われるのは4年後の平成28年ですが、京丹後市にとって、平成24年と平成28年では財政的に大きな違いがあります。合併特例による交付税特例は平成26年で終了し、その後段階的に5年かけて年30億円の財源が縮小することになります。

それまでに手を打たなければならないことと、それ以降に出来ることは大きく違い、今回の選挙で訴えた考え方を変えなければならず、待ったなしの厳しい決断が求められることになると思っています。

その場面で間違った決断をしないためには、一から勉強をし直すことと、助言が仰げる人脈ネットワークづくりをしっかりしておくことと考え、今年度は活動することとしました。

しかし、妻の理解と協力がなければ、4年間、一切お金儲けにはならない仕事を続けていくことはできません。自分の家庭の理解と協力を得られなければ、やるべきことではなく、家庭が崩壊するようなことでは世間でも認められないと考えていたので、妻が看護師として働いて4年間家計を一人で支えることと、4年後の選挙資金についても一定の理解をしてくれたことに深く感謝しています。

そして、支えていただいた多くの方に心から感謝しています。特に、後援会のみなさまには会長をはじめとしてご無理ばかりをお願いし、たいへんお世話になりました。

平成24年は感謝の言葉で締めくくりたいと思います。ありがとうございました。