2013/10/15

衣装付け(祭り前夜)

11日、太刀保存会は夕方6時過ぎから祭りの衣装をつけて公民館に集合。

 屋台を引いて八幡神社へ。

 祭りの無事奉納を祈願し、子ども達が太刀振りを奉納します。

公民館に帰ってきてから、最後の練習。


衣装付けを終えて、公民館の2階で食事です。
今年は直前OBとして、世話方として食事の準備など裏方で参加でした。

祭りの準備

11日、奥大野では午後1時から氏子総出で幟旗立てや、宮掃除など祭りの準備でした。

 今年新調された幟です。

 それぞれ担当に分かれて掃除。

 笹囃子の元持ちは土俵をきれいに整備します。


 公民館も、太刀保存会と神楽保存会が借りて飾り付け。

 神楽の屋台。

太刀振り屋台。

修学旅行 民泊受け入れ

8日、倉垣民泊組合で横浜の中学校の修学旅行を民泊で受け入れました。28人の生徒と先生2人、添乗員の合計31人が奥大野を訪れ、先生と添乗員を除く28人の生徒が民泊を体験しました。

我が家には当初は5人の予定でしたが、3人が宿泊しました。

 奥大野公民館にバスが到着。生徒たちがバスを降りて奥大野公民館へ。

奥大野公民館で、修学旅行の受け入れ、入村式です。

「日本文化体験(技)」をテーマに、和菓子、落語など6コースが編成され、奥大野で民泊体験をするのは「ちりめん細工コース」の生徒達です。

 まずは座学で、丹後ちりめんの歴史と地域のくらしを学びます。

座学の後、 民泊家庭別の班に分かれて機屋さんの現場見学へ。
見学だけでなく、糸を巻く作業も体験していました。機屋さんは、中学生が関心をもって見学に来てくれたことを喜んでいました。

見学が終わると、公民館で生徒全員のミーティング。

 そして、生徒がそれぞれ分かれて民泊家庭で協働調理体験で、一緒にバラ寿司づくり。

お代わりもたくさんして食べてくれました。食事中に先生の各家庭見回りもあり、先生にも食べていただきました。

 食事を終えてから、ほんの少しの時間ですが、地域の秋祭りの練習を見学してもらい、そのあと1時間ほどインタビューを受け、就寝。

翌朝、新聞に前日の単行見学の記事があることを教えると、大喜びでスマホで撮ってLINEで他の家庭の生徒に送っていました。生徒の半数程度がLINEをしているそうです。


朝食後、集合まで時間があったので、松本機業さんの撚糸工程と整経工程を見学、ちりめん製品に必要な糸撚りを学んでもらいました。

それぞれ別れて泊まっていた民泊家庭から、公民館前に集合して、離村式。
アッという間に終わってしまった民泊受け入れでした。

前日には、台風の影響を心配しましたが、心配するほどのこともなく、次の目的地、丹後ちりめんに深くゆかりのある禅定寺に向けて出発しました。

今回の民泊体験が、生徒たちが田舎を知る良い契機になってくれたなら幸いです。


2013/10/11

相沢食産さんの工場見学

4日の午前、兵庫県有機農業研究会の理事をされている相沢さんの納豆工場を見学させてもらいました。

相沢さんとは、昨年の兵庫県有機農業研究会のワシントン州研修で知りあい、懇意にしていただいていて、今回、工場見学をさせていただきました。

 大豆を洗浄します。

洗いたての大豆

1日水に漬けておいた大豆

 1日で水分を吸って大きくなっています。

 こちらは砕いた大豆

 大豆を蒸します

 蒸した大豆に納豆菌をかけながらパック詰容器に移しています。この時点で粘みは全くありません。

 上から大豆がパックに入ります。

 相沢さんの工場では1日に7万パックが製造されています。

タレを入れます。

 蓋をします。

 冷蔵庫で発行させます。

 発効したものを箱詰め。

アメリカやアジアに輸出もされています。

2013/10/10

高梁市、宮田議員と一献

3日の夜は、高梁市の「公共の宿神原荘」で、高梁市議会議員の宮田さんと懇談し、議会にかかわらず広く意見交換をして楽しいひとときを過ごしました。

高梁市に行くと・・・山田方谷のことを書かずにはいられません。

山田方谷は百姓の生まれながら、備中松山藩の家老に抜擢され、積極的な経済政策と藩制改革で財政を再建しただけでなく、河井継之助や三島中洲などのすぐれた人材を育てた教育者でもありました。

高杉晋作の「奇兵隊」は、山田方谷が自ら訓練を施した西洋の近代武器で武装させた「農兵隊」を真似たものであり、方谷には先見性があリました。

山田方谷について学ぶことは、今の時代に大いに参考になると思います。


逆手塾の打合せ

10月3日、庄原市総領町を訪れました。

逆手塾の打ち合わせです。

「里山資本主義」は、地域にあるものを活用するやさしい地域再生の経済です。逆手塾のメンバーが長年にわたって取り組まれてきた地域づくりがこの本に書かれ、ベストセラーになっています。

 総領町木屋の和み亭は、逆手塾会長の和田さんのお住まいです。

 玄関でカボチャがお出迎えです。

左から、逆手塾会長の和田芳治さん、事務局長宮崎文隆さん、副会長の熊原保さんと打合せ。
思いを共有できたところで写真を一枚。

熊原さんの「肩を組んで」の一言でもう一枚。

2013/09/29

京丹後市市民の平均寿命

京丹後市には、100歳以上の高齢者が62人(4月1日現在)いる。人口10万人あたりの割合は全国平均の約3倍・・・でも、平均寿命で見ると京丹後市は長寿のまちとは言えないようだ。

今年の7月31日発表された厚生労働省の「平成22年市区町村別生命表の概況」に市区町村別平均寿命が載っていた。


京丹後市の男性の平均寿命は79.7歳で、女性は87.1歳。
男性平均寿命トップのまちは82.2歳で、全国平均は79.6歳。
女性平均寿命トップのまちは89.0歳で、全国平均は86.4歳。
全国平均よりも長寿ではあるが上位100位には全く入っていない。

気になったので、平成17年平均寿命も調べてみた。
京丹後市の男性の平均寿命は78.9歳で、女性は85.8歳。
男性平均寿命トップのまちは81.7歳で、全国平均は78.8歳。
女性平均寿命トップのまちは89.3歳で、全国平均は85.8歳。
京丹後市の平均寿命は、ほとんど全国平均と同じだ。

そして、合併前の平成12年の平均寿命を見ても、旧6町が全国平均とほとんど変わらない。

ここでの平均寿命は、人口集団(市町村内)の死亡状況から死亡率や平均余命などの指標をもとに推計されており、その視点から見ると、京丹後市には100歳以上の長寿の方もおられるのだが、平均寿命に達するまでに亡くなられる方も多くおられるのではないかということも想定されるように思われます。

全国平均の3倍も100歳以上の方がおられるのに、平均寿命がそこまで長くないのはなぜなのか?京丹後市は状況を把握して対策を打っているのだろうか?今度聴いてみなければいけない。

彼岸花

彼岸花・・・そのまま食べれば中枢神経が麻痺して死に至ることもある強い毒を持っているが、昭和20年代までは球根を半透明になるまで茹でて、二昼夜ほど流水に晒して毒を抜き、餅にして食べていた。

多くは飢饉などの時の救荒食物だったが、毒があるため年貢がかからない作物だったので、山間では日常の食べ物になっていて、阿波藩、土佐藩などでは栽培が奨励されていたと、宮本常一さんの本には書かれていました。

しかし、貴重な食べ物でもあった彼岸花は、実は日本に自生していた植物ではなく、中国から帰化したもので、日本に生えているすべての彼岸花が遺伝的に同一のものということらしい。

中国から伝わった一株の球根から株分けされて全国に広がっていったなんて・・・はるか昔から貴重な栄養源だったんだという意外な事実と同時に、彼岸花のイメージが変わりました。

みなさんは御存知でしたか?


2013/09/20

バイオマス本当の話

「バイオマス本当の話ー持続可能な社会に向けて」を読了しました。
著者の泊みゆきさんは京丹後市出身の方でした。

著者は、エネルギー利用は、バイオマスの資源活用のなかで最も価値の低い利用方法で、それが世界的にバイオマス利用に関わる原則であり、エネルギーへのバイオマス利用ありきのバイオマス・日本総合戦略で投じられた1374億円のほとんどが無駄になったのは原則に従っていないからだと指摘しています。

✔バイオマスはカーボンニュートラル(炭素中立)で温暖化の原因にならない
✔バイオ燃料は環境によい
✔バイオマスはたくさん使うほどよい
✔バイオマス利用は、地域振興の主要な手段である
✔バイオマス発電の拡大で林業を再生すべき
すべては間違いではないが、ほとんどが間違い。


農林業が産業として利益を上げて地域が成り立つ土台があって、次にバイオマスがあり得るのであって、バイオマスで農林業を再生することはできない。

だから、この本では、森林、林業についても熱く語られています。その内容は、直前に読んだ3冊「日本林業はよみがえる―森林再生のビジネスモデルを描く」、「日本林業を立て直すー速水林業の挑戦」、「ドイツ林業と日本の森林」に通じる部分があります。