2014/01/10

住みたい田舎 2014年版ベストランキング

「いなか暮らしの本」で、「住みたい田舎 2014年版ベストランキング」が発表されています。

移住者促進に積極的な137の市町村から「住みたい田舎」が選ばれている。
京丹後市は移住者促進に積極的な市町村に選ばれているのだろうか?
明日にでも「田舎暮らしの本」を買って見てみよう。



総合ランキングと定年後暮らしが充実な田舎ランキング、子育て世代にぴったりな田舎ランキングも発表


http://news.mynavi.jp/news/2014/01/07/034/index.html

(Face Book1月8日より)

2014/01/09

客分と国民のあいだ

「客分と国民のあいだ」を読了しました。



民衆が国民にいつ変わったのか、近世民衆は、身分制支配を覆そうとはしなかった。しかし、役人や商人が領民の保護をないがしろにして私利私欲を優先したときは、彼らは、一揆や放火という手段に訴えて、その不正を糾弾しています。 江戸期には「仁政は武家のつとめ、年貢は百姓のつとめ」という対句が唱えられています。

明治になると、「仁政」は人治から法治に移っていきますが、民衆にとっては「客分」意識が濃厚であり、誰が政権を握ろうとも、安穏に生活できればそれでよく、為政者が民をまとめるために手を尽くすが効果がなく、自由民権運動こが、天皇・軍隊・国旗等を民衆の身体に浸透させていったのだという。

そして、1884年の甲申事件(朝鮮クーデター)で仁川の日本人が暴行・殺害されたことが、一挙に民衆の愛国心を沸き立たせ、日清戦争、日露戦争と外敵に対峙し、戦争の勝利による強者の一員という意識の共有が日本国民としての一体感をつくっていく。

マスコミは対外感情の悪化を煽る手法でナショナリズムの形成過程に重要な役割を果たしている。そして、国内にある問題から目ががそらされていく。

一体感とともに多様性とのバランス感覚のとれた国民を生み出さなければならないが、客分意識は根強く残っている。

この本を読んでいると韓国や中国が国内の一体感をつくりながら内政への不満を回避するために同じようなことをしていることがわかる。歴史は繰り返すようだ。

(Face Book1月7日0時25分より)

未来をひらく

NHKクローズアップ現代
「未来をひらく組織を越えた変革。」


"2枚目の名刺"による企業の枠組みを越えた新たなひとのつながりからイノベーションが産み出されている。


(Face Book1月6日より)




多様な人々を結びつける市民運動を理論化し「分断されたアメリカを一つにした男」として世界的に知られるマーシャル・ガンツ博士(ハーバード大)が訴えるのは、人々をつなぎ、動かすことのできる「物語」を共有することの重要性。カリスマ・リーダーに頼らず、一人一人の当事者意識を高めて社会を変革する。



京丹後市新年賀詞交歓会

今朝は、京丹後市新年賀詞交歓会。


(Face Book1月6日より)

ブータン、これでいいのだ、ブータン「幸福な国」の不都合な真実

「ブータン、これでいいのだ」と「ブータン「幸福な国」の不都合な真実」を読了しました。



「ブータン、これでいいのだ」の著者は、ブータン政府のGNHコミッションに初代首相フェローとして1年間務めています。
一方で、「ブータン「幸福な国」の不都合な真実」の著者は、ネパールのブータン難民キャンプの国連難民高等弁務官現地事務所長を務めています。

ブータンが幸福の国であることは真実。
一方で、人口70万人の国から10万人を超える難民を出し、ヨーロッパ人権裁判所が迫害の可能性を認める判決を下したのも真実。
完璧な国などない。

ブータンは女系社会で、娘が家を継ぐ。男性は婿入りし、家事をすべてこなすのが当たり前なのだが、快楽主義で肉体労働はしない。夜這いが今でも残っている国。

清掃業務や建設業などの仕事は出稼ぎのインド人・・・首都ティンプーでは若年失業率が20%を超えているが、誇り高きブータン人はそれらの仕事はしない。

貨幣経済がはじまったのが近年で、分相応ということが理解できず、月給2万円の人が10年ローンで車を買い、スマホにパソコン・・・と、過剰貸付の国でもある。

なぜ繁栄している商店街は1%しかないのか

「なぜ繁栄している商店街は1%しかないのか」を読了しました。


この本は強く推薦します。
商店街活性化事業の多くが、なぜ失敗しているのか。
補助金事業の弊害は何なのか。
誰が主体となるべきか。
原点に立ち返ることが必要です。


(Face Book1月6日0時38分より)

私の夢は大人になるまで生きることです

「私の夢は大人になるまで生きることです。」を読了しました。



著者はフィリピン、タイ、カンボジア、モンゴルの貧困地域の子ども達を支援する活動をしながら、子ども達と対話をしています。

フィリピンのスモーキマウンテンで出会った女の子の「私の夢は大人まで生きることです。」という言葉と、大人になるまで生きることが困難な環境に衝撃を受けて、アジアの子ども達をサポートすることを決心します。

モンゴルのマンホールチルドレンの言葉・・・「お父さんが僕を捨ててくれたことに感謝しています。家畜が凍死してしまい、食べる物もなくなった。そのまま遊牧の暮らしをしていたら自分は死んでいたかもしれない。だから、お父さんがウランバートルまでやって来て僕を捨てたことに感謝します。」

人生の逆境を受け入れて真剣に生きている子ども達に頭が下がります。

神戸新聞「兵庫県佐用町の無人集落 帰郷への思い消えず」を見て

過去を調べると、近代でも家系が絶える家は多かったようだが、集落機能を維持するために積極的に家系の絶えた家によそ者も受け入れられていた。

集落が維持されることが優先されたが、それでも困窮すれば集落は捨てられた。集落維持にはそこで暮らしていけることが前提にあった。

今は暮らせるか暮らせないかではなくて、住みたいところに住める時代、所有者が管理できないのに思いだけで人を受け入れない家も多く、このままでは廃屋が増えていく。

帰郷への思いもわかるが、空き家となった家は簡易に所有権移転できる制度などを考えていく必要もあると思う。



・・・・以下新聞記事です。


兵庫県佐用町の無人集落 帰郷への思い消えず

神戸新聞NEXT 1月4日(土)18時1分配信

 過疎と少子化の影響で、都市部より先に人口減少が進む中山間地域。暮らす人がいなくなり、すでに“消滅”してしまった集落があると聞き、昨年暮れに兵庫県西北部の佐用町・若州(わかす)地区を訪ねた。

 佐用町を南北に貫く国道373号を車で北上し、岡山との県境にある同地区に着いた。民家十数軒が立ち並び、手入れの行き届いた家も多いが、どこも雨戸や門扉が閉まっている。辺りは怖いほど静まり返っていた。

 緩やかな坂を上って集落を奥に進むと、民家の庭先に、ほうきを手にした高齢女性の姿があった。声を掛けると、「年末なので、掃除に帰って来たんです」。民間のバスが3年前に撤退した後、町が走らせている有料の送迎車で来たという。


 「育った家なんですよ。不便で町内の別の所に移ったけど、離れがたくて。こうして時々、用事をつくって戻ってくるんです」。柔らかい笑みを浮かべ、女性は家の中に消えた。

 女性宅の隣には、大きなかやぶき屋根をトタンで覆った立派な古民家があった。神戸市の会社員春名正浩さん(59)が高校卒業までをすごした家だ。

 春名さんに連絡を取ると、年2回、町外に住む兄、姉と3人で、傷んだ箇所の補修や、鹿よけ網の取り付けのため、故郷に戻ると教えてくれた。

 両親が他界し、10年前から家は無人だが、電気も水道も引いたままにしている。「もう人が住むことはないけれど、近くにお墓があるし、きょうだい3人が健在の間は家を守りますよ」と春名さん。

 半世紀前には約30世帯100人が暮らしたという集落を後にし、町役場に寄った。担当職員によると、女性や春名さんのように、集落を離れても家を残す人は多いという。

 「誰も住まなくなっても、人の気持ちが残っている間は集落は消えない」と担当職員。その言葉に若州の風景が重なった。

(宮本万里子)


以上(Face Book1月5日より)

スローな未来へ

「スローな未来へ」を読了しました。



帯裏に書かれていた「おいしいまちは美しい」という言葉に惹かれて読みました。

食文化(それを支える農業)と人の魅力で地域を元気にしていく本。
田舎ならではのくらしの質の高さをもっと発信していく必要があります。

また、この本ではイタリアのスローシティ連合の運動も取材されています。
イタリアの山村や離島では日本ほどの劇的な過疎化が起きていません。
そこにあるのは高い自治力、つまり行政任せにしない市民力です。


(Face Book1月5日0時43分より)

「日本人は何を食べてきたのか」(永山久夫著)、 「日本人はなにを食べてきたか」(原田信男著)

「日本人は何を食べてきたのか」(永山久夫著)、
「日本人はなにを食べてきたか」(原田信男著)を読了しました。
この二冊は「和食の知られざる世界」とともに、
「食」を考える参考文献として読みました。




魚介類の海洋資源には恵まれていましたが、
米をはじめ、多くの野菜が海外からもたらさています。
日本原産の野菜はセリやウド、ミツバ、アシタバなどどちらかというと現在ではマイナーな存在です。
海外から米、麦、里芋や大根など多くの野菜がもたらされ、増産されるとともに人口が増え、食生活は大きく変わっていきますが、
食料は常に不足気味で、飢餓と隣合わせの時代が長く続いています。。

また、遺跡などの調査から、稲作とともに貧富の差が広がり、
弥生時代から戦いがはじまっています。

そして、宗教の影響を受けた7世紀の肉食禁止令と
13世紀に入ってきた茶が和食の形成に大きな影響を与えています。

現代に生まれたことに感謝!


(Face Book1月5日0時27分より)

和食の知られざる世界

「和食の知られざる世界」を読了しました。



みなさんもご存知のように「和食」がユネスコ無形文化遺産に登録されました。しかし、登録された「和食」が日本人の食における様々な社会的習慣で、日常生活に溶け込んでいるカレーライスやラーメン、ナポリタンのように日本独自にアレンジされたメニューについても「和食」という定義で登録されていることを知っている人はほとんどありません。

著者の辻芳樹さんは辻調理師専門学校の校長ですが、12歳で渡英して15年間海外で暮らし、海外で「和食」が海外で実際にどのように受容されているかを熟知されており、世界の柔道の中心がいつの間にか日本からフランスへ移てしまったように、日本国内で本物の「和食」が生き残れるのか不安を持っています。

歴史を振り返れば、中国や西洋から入ってきた料理を日本人に合うように変換してきたのが「和食」であり、技術も学んできたはずですが、いつの間にかガチガチになってしまって「和食」の世界の潮流から日本が置いてきぼりにならないように、グローバルな視点から和食を見つめなおす必要性などが書かれています。参考になりました。


(Face Book1月4日より)

スティーブ・ジョブス

「スティーブ・ジョブス」を読了しました。

ⅠとⅡ、445ページと430ページ。
読み終わるのに4時間かかりました。

クリステンセンの「イノベーションのジレンマ」を読んで以来、イノベーションを学ぶためにいつかは読んでみたいと思っていました。

本人だけでなく関わりのある多くの人から綿密に取材され、豊富なエピソードとともにスティーブ・ジョブスを美化せず、悪い部分も含めてニュートラルに書かかれていると思います。



失敗から何を学ぶか、本人だけでなく、幹部として支える人の距離感を含め勉強になります。ジョブスを読んで、ウォズニアックも読んでみたくなりました。



(Face Book1月3日より)

実父の命日に思う

1月3日は実父の命日。

実父は昭和56年の3月に脳内出血で倒れたので、大学をやめて事業整理を手伝ったが、土地などの処理を巡って意見は合わなかった。

実父が信頼している人を僕はどうしても信用することができなかったが、父はその人(後に不動産業者)を絶対的に信用しており、最終的に利用されて全財産を取られて兵庫県の実家へ帰っていった・・・とずっと思っていた。

5年前、実父が再び倒れたときに、実家にあった書類をみていると内容証明郵便が出てきた。

実父が昭和57年に所有している土地を一部を数千万円で売っていたことは知っていたが、所有権移転のために司法書士に預けた印鑑と印鑑カード(印鑑証明)を、その司法書士が無断で実父が信用していた第三者に渡し、残りの土地と家屋の名義が変えられていたとは知らなかった(それまでは実父が信用していた人に印鑑と印鑑カードを直接渡していたものと思っていた)。

何千坪の土地が名義を変えられただけでなく、その後に転売が繰り返されていて、気がついた時には、訴えても「現在の所有者は善意の第三者」ということで土地が戻ってくることはなかった。

当時、実父が新しい所有者からの立ち退き請求に抵抗する中で、柄の良くない怖い人達から脅しをうけたり、大変だったことを思い出す。
すでに結婚していたので、大同家にも柄の良くない怖い人が何回か来たが、義母の親族に弁護士がいたので相談して対処する内に、身内に弁護士がいることを知ったら全く来なくなった。
でも、結果的に実父の住んでいた家に柄の良くない怖い人達が一時的に住むことになり、地域の人達に迷惑をかけたことを申し訳なく思っていた。

昨年、実父の三回忌を終えたころ、別件もある中で印鑑と印鑑証明を第三者に渡した司法書士と、この内容証明を見せながら話をした。

司法書士いわく、「〇〇兄(にぃ)のことは親しくなかったのでよく知らなかった。お父さんと親しそうにされていたので渡した。・・・」

なるほど、この人は親しくない人を「〇〇兄(にぃ)」と呼び、良く知らない人に職務上で預かった印鑑と印鑑カードを渡すんだ・・・弁解を聞いているともう何も言う気は起こらなくなった。

昨年の墓参りで、墓前に報告をした。

「内容証明郵便を見て、カッとなってすぐに司法書士に会いに行かなくてよかった。」



(Face Book 1月3日より)

三計と半九

「一日の計は朝にあり。
一年の計は春にあり(元旦にあり)。
一生の計は少壮の時にあり。」

元旦にあたって安井息軒の「三計と半九」を思う。

半九とは「百里を行く者は九十を半ばとす。」

そうすると、我が人生も百里の道のはじまりにすぎない。

肝に命じて今年も頑張ろう。


(Face Book 1月2日より)

2014/01/03

謹賀新年

あけましておめでとうございます。
旧年中はお世話になり、ありがとうございました。

フェイスブックでは近況を投稿していましたが、
ホームページの作成とブログを作りなおす話もあったので、
昨年の11月上旬のケニア研修以降、
東京研修に、報告書作成、また、サン・セバスチャンの食のまちづくり研修と続き、
ブログをしばらく休んでいました。

ホームページなどはもう少し先に延ばす予定なので、
しばらくは今のままのフォームでブログも書いていこうと思います。

更新をしていなかったので見ていただける方も減っているとは思いますが、
よろしくお願いします。