2012/09/07

欧州のエネルギー自立地域

エネルギー続きです。2年前、カールスルーエ市で再生可能エネルギーについて研修を受けました。

 カールスルーエ市では、ゴミを焼却するのではなく、ゴミ(生ゴミなど)を平地に積み上げて人工の丘をつくっていました。
 積み上げたゴミからはメタンガスが発生します。このメタンガスをポンプで集めて発電に利用しています。
 この丘へは2006年までごみが持ち込まれ、そこから出るメタンガスだけで約10,000人が使用する電力量に相当する電力が生み出されています。
 ゴミの山にカバーがされて、メタンガスを集めるポンプが設置されています。

 また、カールスルーエ市では、ゴミの丘でメタンガスによる発電だけでなく風力発電も同時に行っていました。
ドイツでは、この方式によるメタンガス発電と、生ごみプラントによるメタンガス発電で、毎年10GWHの発電量と排熱のコージェネレーションを確保していますが、日本では、ゴミをエネルギーを使って焼却しています。ゴミからエネルギーを生み出すのと、エネルギーを使って処理するのでは大きな違いです。(同じ苦しい戦争を経験した国でありながら、日本には資源が少ない国としての自覚が足りません。)


ここから本のことを書きます。「欧州のエネルギー自立地域」、滝川薫編著です。

日本は森林面積が66%ですが、ドイツは30%で、農地面積は日本の4倍もあります。農地面積が広く畜産も盛んなことから、畜産由来と木質のバイオマス発電とコジェネレーションも活発です。

この本を読むと、再生可能エネルギーにおいてバイオマス由来の発電・コジェネレーションの重要性がわかります。

デンマークでは5,036基の風力発電機が稼働し、ポテンシャルの高い洋上風力発電を推進していますが、それでもバイオマスが3倍のエネルギーを生み出しています。

また、土地によっては、小水力・マイクロ水力・小用水ダムなどが推進されており、スイスでは総発電量の56.5%を、イタリアでは15.3%を水力が担っています。

そして、地熱利用も進んでいますが、太陽光発電については、低収入層では単に電力料金が値上げされた経済負担だけがあるため、固定価格買い取り制度が経済格差をますます拡大させる悪法という批判が生まれています。

この本もエネルギーに関心のある方は読まれるべきだと思います。


引き続き、エネルギー関係の2冊の本を読みましたが、「地域分散エネルギーと地域主体の形成」は、エネルギーの問題を使った地域主体の形成が主題の本、「小水力発電を地域の力で」は、実際に活用するための本でした。


2012/09/06

エネルギー論争の盲点

「自然エネルギーの可能性と限界」に続いて「エネルギー論争の盲点」を読みました。著者は石井彰さんです。

著者は第1章で、電力として消費しているエネルギーが日本で25%であること、そのことを頭において考えないと、電気だけの部分最適に陥ってしまい、全体最適を失うことを指摘しています。

そして続く第2章も含め、エネルギーの歴史と人口の増加に触れ、70億人の生活がエネルギーの大量消費から成り立っており、エネルギーの高消費なくしては維持不能であることを冷静に訴えています。

第3章では、これまでのエネルギー論争が虚飾にまみれたものであったものとして否定しています。

化石燃料はあと数100年持つなかで、枯渇の議論ではなく環境負荷の面からの議論が必要であること。火力発電がCO2排出において悪者にされているが、古いものを複合発電方式にリニューアルすれば1,5倍発電効率が上がりCO2排出量が劇的に減ること。日本の火力発電所の効率が非常に悪いことが無視されていること。(原子力に力を入れてきたので、火力への技術革新が遅れていた。)原子力発電は膨大なコストがかかること。太陽光がドイツで利用されていることが紹介されているが、実情を無視した報道であり、日本では実用的ではないこと。詳しくは本を読んでいただきたいですが、著者の主張は明確です。
 
第4章では、日本が原子力を推進したために天然ガス後進国であることを資料で示し、天然ガスの利用の可能性を述べ、最後の第5章で、省エネの余地とコジェネレーションや火力発電のリニューアルと再生可能エネルギーの組み合わせによる原発脱却への手法と安全保障が述べられています。

この本と、「自然エネルギーの可能性と限界」を読んで、なぜドイツが脱原発の代替エネルギーとして天然ガスによる発電に力を入れているのか、その理由が良くわかりました。
この本もエネルギーに関心のある方にお勧めです。


自然エネルギーの可能性と限界

「欧州のエネルギーシフト」を読んだ後、エネルギーについてさらに知りたいとの思いから買った本のうちの1冊。

「自然エネルギーの可能性と限界」、著者は石川憲二さんです。

まず著者は新エネルギー法により提示された「新エネルギー」に首をひねっています。新エネルギー法は改正を重ねていますが、「新」に拘っているため再生可能エネルギー全般に及んでおらず、枯渇していく化石燃料を代替していく具体的なプランも示されておらず、日本のエネルギー政策の目標は見えていません。

風力と太陽光に期待が集まっていますが、ヨーロッパのように風速が安定している平地や海上での発電が向いていますが、日本では地形上建設に適した、遠浅で杭を打てる岩盤が下にある海岸は少なく、また、風力には風切り音や低周波音による騒音問題があるため、人里離れた山上がありますが、コストが高く付くのと、風が安定せず暴風や突風の危険性が海上よりも高いことから、向いていません。

また、風車の定格出力が3000キロワットとしても、発電効率は平均20%に過ぎず、発電用風車の寿命が20~30年であることから、実用的ではないとしています。

つぎに、太陽光発電ですが、現状の日本での発電効率は12%です。日本の日照時間は年間1600~2400時間で、3600時間を超える砂漠地帯や日本の1,5倍の南欧などと比べるまでもなく、あまり有利ではありません。

技術開発に期待する方も多いですが、製品コストを下げると発電効率も下がるのが現状のようです。

著者は風力と太陽光には否定的でしたが、水力と地熱は日本に有利だとしています。

水力では、まだ1,5倍まで開発が可能であること、ミニ水力やマイクロ水力が未利用に近いことから大いに期待が持てるとしています。また、地熱についても、フィリピンにも技術面で追い抜かれており、エネルギーのプロの間では、火力や原子力に匹敵するだけの規模を持つエネルギー源になりうる地熱の利用を優先した方が良いとの意見が多いと紹介しています。(政治家が風力と太陽光に力を入れるのは、利権と献金なんでしょうね。)

つぎに、、補助金と買い取り制度の問題を指摘し、また、古くなった火力発電所と水力発電所の設備をリニューアルし、発電効率を上げることの方が送電設備も既存のものがそのまま使えるので時間とコストはかからず、現実的な選択だとしています。

そして最後に、戦略なき政策では全体最適は実現できないと締めくくっています。

可能性と限界がわかりやすく書かれており、読みやすい本でした。エネルギーに関心のある方に推薦します。

2012/09/05

村の遊び日

きょうは3冊の本を読んでいます。1冊目は読みかけで置いてあった本です。
「村の遊び日」、著者は古川貞夫さんです。

私が学校で習った日本史はゆがんだものでした。長い間、江戸時代の農民は圧政に苦しみ、休むことなく農作業に従事させられ、悲惨であったと思いこんでいました。

そして、「女工哀史」などからも、休みなく働かされるのが当たり前だったのだろうと思っていましたが、江戸時代はどうもそうではなかったらしいということが、いろいろな本を読むなかで分かってきました。

明治政府による中央集権体制が大きく日本を変えています。富国強兵のために犠牲になったことがあまりにも多いのではないか。最近はそう思ってもいます。

さて、本の話に入ります。私の思い込みのなかでは、江戸時代は盆、正月ぐらいしか休みがないと思っていましたが、江戸時代、幕藩体制下では、民衆の休日を一律に規制していません。

著者は、日本各地の古文書から、当時の休日とその食事を調査しています。

17世紀の後半には、村によって差がありますが、年間20日から30日以内の遊び日(休日)が一般的であったようです。

その後、遊び日は農業生産力の増加とともに増えていきます。休日を決めるのは村の自治の範囲であり、若者組が村役人を説得し増えていきますが、領主からは増えすぎないように規制もはたらきます。

しかし、規制に対しては祭礼を工夫したりして、実質的には休みは増加していきます。

驚くことに、仙台藩の1805年の休日規制令では、「全休」の公認休日が80日に達しており、これ以外に「半日」の休日が存在し、藩領の休日実態はこの規制を上回り、年間休日が100日に達した事例が少なくなかったようです。

しかし、国内での地域差が大きく、少ないところは年間30日台であったようですが、これに天候などによる労働不能日を加えると、それなりにかなりの日数が休みであったようです。

しかし、明治維新後に休日は激減します。祝祭日は盆、正月以外はほとんど無くなっています。戦後になってようやく変わり始めていますが、江戸時代からも遅れています。

日本車のステータスは?②(イタリア旅行雑感その2)

「日本車のステータスは?(イタリア旅行雑感その1)」に、大切なことを書き忘れていたので、②として書きます。


2年前にロンドンに行った際、右ハンドル左側通行なので、国際免許を取ったらレンタカーを借りて簡単に運転できると思い、現地通訳の方に聴いたら、「でもオートマチック車はありませんよ。ほとんどがマニュアル(ミッション)車です。」と聞いて驚きました。

当時、アメリカでは、トヨタ車の急発進によるバッシングが厳しく、ヨーロッパでも同じようにオートマチックが普及していると勝手に思い込んでいたのですが、事実は全く違いました。

今回のイタリアでも、自動車はマニュアル(ミッション)車が大勢を占めているとのことでした。

日本にいると、オートマチック車は運転が簡単で楽でいいから普及して当たり前と思ってしまうのですが、ロンドンでは、「車の運転をして楽しむには、マニュアル(ミッション)車でギア操作をするのが当たり前です。オートマチック車なんて運転が下手な人が乗る車です。アメリカでオートマチック車が売れているとしたら、きっと運転が下手なんでしょう。」という話も聞きました。

マニュアル(ミッション)車の方が余分なものがないから安くできて故障も少ないでしょうし、アクセルとブレーキの踏み間違いもなく、合理的な選択なのかもしれません。

この考え方からは、日本車は合理的ではない発想(簡易さの追求)が根本にあるので、ヨーロッパではアメリカほどのシェアを持てないのかもしれません。

そういえば、フィンランドで日本のシャッター通り商店街の話をした時も、「地域で買い物ができなくなったら、生活が不便になってしまうし、地域の魅力も低下してしまう。少々高くても地域を守るためには地域で買い物するのが当たり前だ」と、私の言っていることが理解できないという顔をされ、介護の現場で日本の寝たきり老人の話をした時も、そんなことが起こることが理解できないようで、日本との文化の違いを痛切に感じました。

2012/09/04

人に必要とされる会社をつくる

村上龍氏の推薦であることと、書評も良かったので買いました。「人に必要とされる会社をつくる」、著者は松浦信男さんです。

この本は読みやすく、内容もあって、あっという間に読み終わりました。

阪神・淡路大震災で被災し、会社を再開するために活動するなかで、
「必要とされていない会社」である現実にがく然とします。

そこであきらめることなく、著者は再建のために工夫し、
「人に必要とされる会社をつくる」ことを追及しています。

本当に強い会社になるためには、どうすれば社員が働きやすいかを追及し、
それは効率を求めることではなく、働きがいや生きがいを生む仕組みづくりなど、
社員に必要とされる会社づくりでもあり、
社員を育てる会社づくりでもあります。

読めば元気がもらえる、とても前向きな本でした。

欧州のエネルギーシフト

先日の自治体学会のテーマは、「地域から創る日本の自治」でした。広島県の湯﨑知事が基調講演「多様性から活力を生み出す国づくり」のなかで、国際社会での多様性についてデータで示され、多極化と一国多制度における持続的な活力を事例に、日本がこれから目指すべきは「広域自治体の連合体による多極・多様化国家」と主張されていたことはすでに書きました。

分野的な違いはありますが、脇坂紀行氏が著書「欧州のエネルギーシフト」で中央集権型か小規模分散型か、それぞれの国の制度が違うなかで、現場を歩いて本にまとめています。
2012年4月現在、欧州では133基の原発が稼働中であり、建設中が4基あります。

原発廃止を決めたドイツや、原発がないオーストリア、デンマークなどはむしろ少数派であり、その国が置かれた歴史や国民性、地政学的要因により、各国のエネルギー政策は驚くほど違います。

イギリス政府では北海油田の枯渇が迫っており、2020年までに再生可能エネルギーの比率を15%とする計画を立てていますが、スコットランド自治政府は独自に2020年に域内(人口520万人)消費電力を100%再生可能エネルギーで賄う計画を立てています。

スコットランドは、風況に恵まれ、洋上風力発電の潜在力が欧州全体の4分の1もありますが、フィンランドでは木材バイオマス以外の太陽光も風力も水力も期待できず、ロシアから化石燃料だけでなく電力も20%輸入しているなかでは、国策として新たに原発が建設されています。

ドイツでは、原発廃止にともなう電力不足を補うため、天然ガスによる火力発電の増設をメインに、再生可能エネルギーの拡充を図るとしていますが、植物からつくるバイオ燃料については自然破壊や食糧不足を起こすとして過大評価はしていません。そして、同時に強制的な電力使用制限を行わないことや、電気料金を安易に値上げをしないこととしています。

また、ドイツは連邦制国家であり、州政府の権限が強いため州によってエネルギー政策・電力自由化の取り組みは大きく違います。

あとは省略しますが、日本も、地域独自のエネルギー政策を進める分散型が望ましいと思います。

2012/09/03

日本車のステータスは?(イタリア旅行雑感その1)

ミラノ空港は通路の壁面に韓国企業の広告があふれていました。

2年前、フランクフルトに行った時も、ヒュンダイの大きな看板に圧倒されましたが、サムスンにLGと、それに中国企業も加わって、日本企業の影が薄くなっているのを実感しました。

また、空港で最初に目に止まった自動車のエンブレムがヒュンダイだったので、バスに乗っている時も、どこのメーカーの自動車が多いかも気に留めながら見ていました。

幸いイタリアは路上駐車の国(ヨーロッパ共通)であり、歩いているときも 車は自然に目に入ります。

ヒュンダイのほかにも ルノー、シトロエン、アウディ、フィアット、アルファロメオ、プジョー、BMW、ベンツ、フォード、ホンダ、オペル、GM、シボレー、ミツビシ、トヨタ、ボルボ、フォルクスワーゲンなどなど、およそすべてのメーカーの車を見ました。(残念ながらレクサスは見ていません。)
 日本では、それほど外車を見ません。ですが、イタリアもそうでしたが、他のヨーロッパの国でも他国の車の比率は高く、バラエティに富んでいます。

しかし、バラエティに富んでいるといっても、 イタリアのメーカーであるフィアットの車が一番多く(といっても2割ぐらい)、次ぎにはドイツ車が続き、フォードやルノーやシトロエン、そのあとにヒュンダイ、日本車が続きます。

また、高級車ではベンツが筆頭で、その分野では日本車の存在感は感じられなかったのが残念でした。


 2年前、フランクフルトに行ったときも、車は注意して見ていました。

フランクフルトは日が長かったので、 夕食が終わった跡なども日が沈むまでに、ホテルの周りを1時間ぐらい散歩することができ、街並みを見ながら路上駐車の車なども見ていました。

フランクフルトでは、半分以上がドイツ車(VW、BMW、アウディ、ベンツ)で、フォード、ルノー、フィアットが続き、日本車は全てのメーカー合わせて1割もなかったと思います。


同じく2年前、ロンドンでもドイツ車の割合が高く、次にはフォードが多かったと思います。
日本車はフランクフルトより少しは多かったですが、日本での報道やイギリスに日本メーカーの工場が集中していることから思い描いていたほどではなく、また、高級車は圧倒的にベンツが多く、レクサスは数台見かけた程度でした。

2年前のまだ円安であった頃、日本車は円安によって売れていて、そして、今は円高だから売れていないのか?

イギリスを中心に製造されているヨーロッパ製の日本車は、通貨の影響よりも、景気の影響を受けていると思いましたが、日本車も韓国車も車のステータスは高くはないようで、イギリスは日本と同じ右ハンドル左側通行ですが、ロンドンの高級住宅街では右ハンドルのベンツなどのドイツ製の高級車を多く見かけました。

やはり、百聞は一見に如かずです。今後円安になっても、日本車がシェアを広げて飛ぶように売れることはないと思いました。


しかし、イタリアだけでなく同じ右ハンドル左側通行のイギリスの道路に比べても、日本の道路ではほとんど日本車しか走っていないのは、市場が閉鎖的なのだろうか?

2012/09/02

カプリ島と青の洞窟②~イタリア旅行②

カプリ島と青の洞窟①~イタリア旅行①(①はここをクリックしてください)の続きです。

 幻想的な雰囲気を味わってずぶぬれになった後、青の洞窟を出て手漕ぎボートから小型船に乗り換え、カプリ港(マリーナ・グランデ)に戻りました。


ケーブルカーに乗って高台にあるカプリの町に向かいます。

高台まで、途中の斜面にも住宅が建っています。住宅の白い壁と石灰岩でできた白い岩肌が青い空と木々の緑によく映えます。
 ほんの5分ほどでカプリの町に到着。

 高台の広場で有名なレモンシャーベットの店です。さすがに行列ができていました。

 レモンシャーベットに目の前でオレンジを2個目絞って入れるジュースです。これもおいしい。

高台からは眼下に 南国らしい明るい景色が広がります。父友会の雰囲気に浸りながら記念写真も一枚取りました。
高台で風景を見たり、お店をのぞいたりしてしばらく散策。




高台から降りるときはバスに乗りました。細い道をバスがぎりぎりですれ違います。

 港に降りてきました。観光船が出るまで、しばらく待ち時間。ジェラートのお店を見つけて、食べながらしばしの散策。


もうすぐ出港の時間。観光船に向かいます。カプリ島とはお別れです。

2012/09/01

地域から創る日本の自治~自治体学会 広島大会

広島国際会議場で開催された、8月30日の全国自治体政策研究会交流会議、31日の自治体学会、広島大会に参加してきました。

「地域からつくる日本の自治」~広島で描くまちとむらの未来~が大会統一テーマであり、31日は13の分科会に分かれて議論がありました。

13の分科会の内から、午前中は第3分科会「交流がつむぐ地域創造」、午後は第4分科会「まちとむらの小さな自治」に参加しました。

午前の第3分科会「交流がつむぐ地域創造」は、東京農業大学名誉教授の進士 五十八さんをコーディネーターとして進められました。

まず、総務省地域力創造グループ地域自立応援課長の牧 慎太郎さんから、総務省による地域力創造の取り組みとして、「定住自立圏構想」の支援内容とこれまでの成果と「地域おこし協力隊」制度について、これまでの課題と実績について報告がありました。

「定住自立圏」については京丹後市は対象外ですが、人口増減率の改善など一定の実績をあげています。「地域おこし協力隊」は、地域独自の魅力を高める人材力をアップするための施策であり、3年間で全国で400人あまりの実績があるが、危機感を持って前向きに取り組んでいる地域では、協力隊員任期後の定住を含め効果をあげています。

また、これまでの支援を当てにした過疎対策では効果が望めないこと、これからの参考として、神山町の大南さんを中心とした取り組みを紹介されました。

つぎに地域経営コンサルタントの古川 充さんから、「安芸灘とびしま4島連携の仕掛け支援の活動」報告がありました。

架橋により陸続きになった安芸灘4島ですが、長年の孤島文化の歴史経過などから、4島の観光資源の魅力を高めるための連携は容易ではなく、苦労されている経過など現在進行形での話を伺いました。

最後に、立命館大学政策科学部準教授の高村 学人さんから「コモンズとしての地域景観、ガバナンスとしての法 ~地域を育む法執行のあり方」という報告がありました。

景観は誰のものか、その法的な問題や景観訴訟においては、二者択一的な単純化した報道がなされている裏にある、景観を守るとする人も、開発を進めようとしている人も地域の住民であることや、専門の縦割りによって弊害が大きいこと。景観(環境)、建設、経済それぞれの分野の専門家が限られた視点から縦割りとなっていて全体で共有されていく舞台がないことなどの問題も指摘がありました。


午後からの第4分科会「まちとむらの小さな自治」は、同志社大学大学院教授の新川 達郎さんをコーディネーターとして進められました。

まず、名古屋市会議員の玉置 真悟さんから、(当初、区役所改革の一つとして考えられた)名古屋市の地域委員会について、モデル地区の副委員長を務められたなかでの地域委員会の制度的内容とその後の変遷、名古屋市行政が小さな自治への関心をなくしている現状などの報告がありました。

つぎに、上越市議会議員の石平 春彦さんからは、上越市の「地域自治制度と活動の実際」について報告がありました。上越市の地域自治区制度は、合併時の旧13町と旧上越市15区の28区に地域協議会を設立していること、委員は公選となっているが、2005年の5区を除いて定数に満たず、それ以外は選任投票は実施されていないことなど報告がありました。

上越市議会と協議会の意思が齟齬した事例は無いとのことでしたが、人が違い組織(機関)としての役割が違うのだから議会と協議会で思いが違うことがあっても問題はなく、それをすり合わせていくのが開かれた自治だと思っています。

つぎに、安芸高田市川根地区自治振興協議会会長の辻駒健二さんから、川根地区自治振興協議会の地域活性化の取り組みが報告されました。

ずっと以前に川根地区自治振興協議会におじゃまして、辻駒さんからお話を伺ったことが2回あります。68歳になられていますが、お元気そうでなによりです。

川根地区自治振興協議の取り組みは、http://www.soumu.go.jp/main_content/000027298.pdfなどをご覧ください。ここでは辻駒さんの言葉を少しだけ取り上げます。「住民がボーッとしていたら、役所の職員だってボーッとしている。じゅうみんがしっかりしないといけない」。「どう生きるかという考えなしにまちづくりの話はできない。それぞれの人々が自分の幸せについて自分で考える。そこからまちづくりが始まる。そして、自分たちでできることは自分たちでやる。行政にしかできないこともあるので、それは行政に委ねる」。地域づくりを長年実践され、率先して動かれてきたなかで多くの苦労をされていると思います。言葉の重みも違います。

最後は、地方自治ジャーナリストの葉上 太郎さんが、全国を取材して歩くなかでの、小さな自治への行政の無関心などシビアな状況も報告されました。

地域から創る日本の自治~全国自治体政策研究交流会議 広島大会

広島国際会議場で開催された、8月30日の全国自治体政策研究会交流会議、31日の自治体学会、広島大会に参加してきました。

「地域からつくる日本の自治」~広島で描くまちとむらの未来~が大会統一テーマであり、30日は基調講演とパネルディスカッション、31日は13の分科会で議論がありました。まず、全国自治体政策研究交流会議について報告します。

広島県湯﨑知事の基調講演「多様性から活力を生み出す国づくり」で30日はスタート。

湯﨑知事はパワーポイントでこれから日本で起こる人口減少、高齢化都、他の欧米先進国との差異などをデータで示しながら、これまでの経済成長の将来予測が実現できないこと。

そして、人口の首都圏への集中と過疎による人口の偏在。企業、民間資本ストック、社会インフラなどの首都圏一極集中がもたらすリスクやコスト増などの課題から、一極集中はアンサスティナブルであり、集中モデルのパラダイムシフトが必要で、歴史的に見ても常に変化しなければ衰退することを述べられました。

国際社会での多様性についてもデータで示し、多極化と一国多制度における持続的な活力を事例に、日本がこれから目指すべきは「広域自治体の連合体による多極・多様化国家」と主張されていました。

多極・多制度の国家像は賛成ですが、一極集中を成り立たせている日本の縦社会を横社会へと構造改革する必要があります。明治以来続いている強固な縦社会をどうやって改革していくのかが大きな課題です。

続いて、「誰もが活躍できる社会の実現に向けて」をテーマに、広島市松井市長、NPO法人キャリアプロジェクト有田代表理事、(株)ソアラサービス牛来社長の3人をパネラーに、東京大学の佐藤教授がコーディネーターをされてパネルディスカッション。

松井市長からは地域経済の持続的な発展を土台とした雇用・所得の創出とワークライフバランス、有田代表理事からは就職難のなかでの学生と中小企業とのミスマッチの解消とマッチングの可能性とそのための交流活動の実践例、牛来社長からは起業支援のためのネットワーク作りと意識の高い人材づくりなどについて報告がありました。

それぞれにすばらしい活動をされていますが、「誰もが活躍できる社会の実現に向けて」というテーマからは、消化不良のように思いました。

パネルディスカッション終了後、メルパルク広島に移動して情報交換会。ご無沙汰している方と旧交を温めたり、新たに知り合いになって情報交換したり、あっという間の2時間でした。

2012/08/28

貧乏人の経済学~もう一度貧困問題を根っこから考える

ブログでは、久しぶりとなりますが、本を取り上げます。バナジー・デュフロ共著「貧乏人の経済学(原題はPoor Economics)」です。
かつて、貧困への援助は画一的に行われてきました。その援助の効果について、他の要因なのか援助によるのかがあいまいでしたが、2人の著者はランダム化対照試行(RCT)により世界の貧困研究、政策の効果分析における方法論の流れを変えてしまいました。

まるで社会学者の本であるかのように貧困社会の描写は具体的です。貧困の罠からは、貧乏な人は手当たり次第に食べているように想定してしまいますが、1日99セントで暮らす人々のほとんどは、36%から79%しか食べ物に使わず、煙草やアルコールをやめるとあと3割食費が増やせます。

また、バングラデシュやエクアドル、ペルーなどの調査から、教師は平均して5日に1日は無断欠勤し、さらにインドでは教師はたとえ学校に来ても、授業をせずにお茶を飲んだり新聞を読んだりしていて、実に公立学校の教師の50%が教室を空けています。(インドのプラサムの調査によると学校に通うと実は返って勉強ができなくなる子どもたちの実態があります。)

さらに女性差別の問題もあります。インドの女性差別が最も激しい州では女児100人に対して男児126,1人という比率になっています。アマルティア・センは全世界で1億人の「行方不明の女性」が存在すると見積もっています。

副題にある通り、もう一度貧困問題を根っこから考えるための本でした。

カプリ島と青の洞窟①~イタリア旅行①

旅行は天候に恵まれました。イタリアは日差しが強く、日中は35度を超える暑さ(ただし湿気は無い)でしたが、夜には20度を切り、熱帯夜のような寝苦しいことはなく、体は楽でした。

イタリア旅行のことを少しずつ書いていきます。第1回はカプリ島と青の洞窟です。

風光明媚なカプリ島は、青の洞窟でも有名です。また、歴史的にもローマ帝国第2代皇帝ティベリウスが治世の後半、カプリ島に隠遁しながら帝国を統治したことでも知られています。
塩野七生さんの「ローマ人の物語Ⅶ 悪名高き皇帝たち」に皇帝ティベリウスは登場します。皇帝ティベリウスは歴史家タキトゥスの「同時代史」などで酷評されていたことから、長く悪帝と思われていましたが、ヴォルテールの再評価以降に旧ローマ帝国全土から新たに発見された碑文などの新資料から、「ローマがもった最良の皇帝の一人」と評価する声もあります。

皇帝ティベリウスは人民の機嫌を取る施策をすることなく、地味な存在でしたが、帝国の安定のため公正な法が厳正に施行され、ローマ帝国に安定をもたらしています。日本の政治家も見習うべきです。

ナポリからカプリ島へは12時40分発の観光船に乗りました。

ナポリの街並みが観光船から一望できました。「ナポリを見てから死ね」という言葉がありますが、南国イタリアを強く感じます。(しかし、ナポリの治安は相当悪いらしく、夜は絶対ホテルから出て歩かないように言われました。また、ゴミの散乱もひどく、ゴミ処理が大きな問題になっているというのは本当でした。)

ナポリから30キロ、カプリ島が見えてきました。

カプリ島の港に到着、頭に描いていた地中海の雰囲気満点です。

カプリ島の港で小型船に乗り換え、青の洞窟を目指します。

切り立った断崖絶壁が続きます。波打ち際には洞窟ができているところが見えます。

青の洞窟前に到着、30分ほど待って、洞窟に入れる手漕ぎのボートに乗り換えました。

洞窟の前で、出てくるボートを待っています。話には聞いていましたが、姿勢を低くしていないと入れません。

いよいよ入ります。洞窟のなかは幻想的でした。意外に広い洞窟のなかをボートは回ります。以下は洞窟の中の写真です。






ボートが洞窟を出る段になって、突然波が高くなり入口の天井まで波が届いてしまい、ボートは波が低くなるのを待ちました。

何回か波が来るなか、波をかぶりました、カメラのレンズも濡れていますが、私も濡れています。ポケットに入れていたスマートフォンもずぶぬれになり、洞窟を出た後作動しなくなりました。

ボートから小型船に乗り換えた後、スマートフォンを分解、カバーを外してバッテリーも出して、日光にさらしました。

1日後、だめもとで電源を入れてみると、なんと正常に作動しました。