2012/05/10

ドイツ経済好調の理由~雇用増加のための改革

 ヨーロッパでは2009年末にギリシャの債務危機が深刻化して以来、景気に暗雲が垂れ込めていますが、ドイツ経済だけが快進撃を続けています。

 ドイツの2011年の輸出額は1兆ユーロの大台を超えて過去最高を記録しました。自動車の輸出台数は、2010年に前年比23.7%、2011年に同6.6%増えています。そして、2011年の勤労者数は4100万人を突破し、史上最高の水準に達しています。

 日本と同じものづくりの国でありながらドイツ経済はなぜ好調なのか。単純に「ユーロ安の恩恵」とも見えますが、理由はユーロ安だけではありません。もし、それがドイツの輸出が好調な原因であるとしたら、他のユーロ加盟国もGDP成長率をドイツ並みに伸ばせたはずです。

 2011年で比較をすると、ドイツの貿易黒字は前年比2%増加して1581億ユーロ(17兆5000億円)に拡大しましたが、フランスは逆に700億ユーロ(7兆7000億円)の貿易赤字を記録しています。

ドイツ経済好調の理由はユーロ安による恩恵ではなく、社会保障制度の改革による価格競争力にあります。

 1999年から2007年までにドイツの産業界は、単位労働費用を16%減らすことができました。これはフィンランドの23%減少に次いで、ヨーロッパでは最も大きな減少率ですが、これに対し、ドイツ以外のユーロ加盟国では逆に、単位労働費用が同じ時期に約4%増加しています。

 債務危機に陥った国では特に単位労働費用の増加が著しく、この時期にポルトガルの単位労働費用は約10%、イタリアとスペインでは20%、ギリシャでは40%以上増加しています。つまりこれらの国では、一定の製品を生むために必要なコストが上昇し、ドイツに比べて価格競争力が大幅に弱まっています。

 ドイツが2007年までに、単位労働費用を下げられた最大の理由は、1998年に首相に就任したゲアハルト・シュレーダー氏による、社会保障制度の大改革にあります。当時ドイツは社会保障コストの重圧のために、2桁の失業率に悩んでいました。

 シュレーダー氏は、失業率の削減を最大の政策目標にしました。「自分の首相としての業績は、失業者の数が大きく減るかどうかで評価してほしい」と公言し、企業が雇用を増やすことができるように、社会保険料の負担を大幅に減らす政策を実行しました。ドイツでは日本と同じように、企業が社会保険料の半分を負担しています。人件費を減らすことで企業の国際競争力を高めなければ、企業が雇用を増やせないというのがシュレーダー氏の持論でした。

 シュレーダー政権は2003年から2005年にかけて、失業者に対する給付金の大幅削減、公的健康保険の改革(患者の自己負担を導入)、公的年金の給付金の実質的な削減などを次々に実行に移しています。

 失業保険の給付金は生活保護と同じ水準まで引き下げ、給付の基準も以前に比べて大幅に厳しくしました。このため、貧困層や労働組合からはシュレーダー氏に対して強い批判の声が上がりましたが、シュレーダー首相は「失業保険が手厚すぎると、人々は働く意欲を失う。公的年金や健康保険の自己負担を増やさなくては、社会保険制度そのものが崩壊する」と主張して、様々な改革案を法律として施行させました。

 ビスマルクが1883年にドイツに初めて社会保険制度を導入したのは、労働条件に不満を持つ労働者が共産党や社会民主党に走って、革命を起こすのを防ぐためでしたが、その、労働者の味方であるはずの社会民主党の政権だからこそ、最も大胆な社会保障サービス削減を実行できたという事実は、歴史の皮肉でもあります。

 シュレーダー氏の狙いは見事に的中し、2010年以降になって社会保障コスト削減の効果が、目に見えて現れました。2011年には約70万人分の新しい雇用が創出され、平均失業者数は300万人の大台を割り、失業率は7.9%になり、過去20年間で最低の水準を記録しています。

 一方で、ものづくりの国日本の政治は雇用増加のために機能を果たしていないように思います。

日本は当時のドイツのように失業率が高くないといわれる方もありますが、日本は失業率は低いが不安定な非正規雇用率が高く、企業に社会保障コストの重圧がかかっていることはドイツとかわりなく、非正規化と空洞化の一因であることが理解されていません。