2011/09/10

地域の将来を考える(パート1)

 昨日の夜は、第2回奥大野村づくり計画(く総合計画)策定会議に出席しました。

 策定会議では、すでに、中学生・高校生を対象にしたアンケートと、20歳以上の区民を対象にしたアンケートを配布し、中・高生は83人に発送し45人から回収、20歳以上は702人に発送し443人から回収しています。

 昨夜は中間集計が報告されました。中・高生では、71%が奥大野を好きと答えており、あまり好きでないと答えている24%も、好きでない内容は、買い物が不便であることやあまり遊ぶ場所がないことがほとんどでしたが、将来自分がやりたい職業がないなどの理由から、67%が将来奥大野に残らないと答えています。残念ながら、これは我が子も一緒です。

 20歳以上では、34%が奥大野が住みよいと答え、53%がふつうと答えています。そして、56%が今後も住みたいと答え、次いで20%が分からないと答えています。今後も住みたい理由では環境の次に人間関係が良いことが選択されていますが、住み続けたくないが仕方ない・いずれは移りたいと答えた人は古い人間関係をトップにあげています。

 地域の長所と短所は見る人によって全く違います。同じ家族内であっても、ある人は、「隣組・近所の人間関係が良好」と答え、別の人は、「隣近所の付き合いが薄れている」と答えます。

 かつて、農業や家内工業の織物が全盛期のころは、職住一致であり、人間関係は内を向いた閉じたものであり、そのなかの関係が中心となる人も多く、多くを語ることや出すぎたことはしないなかでの空気の読める付き合いが主体であったと思います。また、閉じた社会では、全体がうまく回るように、顔の広い世話を焼く人やおせっかいな人に重要な役割があり、尊重されていたと思います。

 しかし、職住一致が崩れていくと、それぞれに「職」での人間関係と、「住(地域)」での人間関係を重層的に持つようになり、さらに、職住分離のなかで経済状況が厳しくなり仕事の比重が高くなると、生活の比重は小さくならざるを得ず、人によっては地域での付き合いが極めて限定的にしかできなくなるのも仕方がない面もあります。

 年配の方のなかには、若かった頃のことを思いながら話しをされる方もいます。また、その人の生業によっては、理解できないことも多くあります。枕草子の時代から、「すまじきものは宮仕え」といわれていましたが、生涯外に勤めに出たことがない人には勤め人の苦労は分からないし、逆に、勤め人には、自営業での資金繰りなどの苦労は分かりません。それぞれに抱えるものはあったのですが、昔と今では、「職」の地域での比重が大きく変わってきていることが、地域内の縦の人のつながりを変えています。