2011/06/23

一人でも多くの人が、よその町を見ることが大切だ。そしてまちづくりに頑張っている『まじめな魂』に出会うことが必要なのだ

電車の中で読んだ本でも触れましたが、由布院のまちづくりの中心人物の一人であった溝口薫平さんの聞き書き「虫庭の宿」は、昭和30年代には別府の奥のひなびた寂しい温泉地でしかなかった由布院が、今、あこがれの観光地となるまでの取り組みを語っておられます。

木谷文弘さんの「由布院の小さな奇跡」にも書かれていましたが、まちづくりの中心人物であった溝口さん、中谷さん、志手さんの3人が、最後の賭けで昭和46年6月上旬から約50日間ヨーロッパ視察を行い、ヨーロッパの観光、文化、教育、産業を見て回っておられます。

ドイツの田舎町バーテンバイラーの小さなホテルのオーナーであったグラテボルさんの話に3人は感動し、その感動が由布院のまちづくりの原点となっています。「町にとって大事なのは「静けさ」と「緑」と「空間」。私たちはこの三つを大切に守ってきた。私たちは百年の年月をかけて、町のあるべき姿をみんなで考えて頑張ってきた」、「まちづくりには企画力のある人、調整能力のある人、それを伝えることのできる伝道者三人が必要だ」、「一人でも多くの人が、よその町を見ることが大切だ。そしてまちづくりに頑張っている『まじめな魂』に出会うことが必要なのだ」、「まちづくりは、一人でやっていては孤立します。最低でも3人は必要だ。大勢のなかまで進めることが必要だ」。グラテボルさんの言葉は本当にその通りだと思います。そして由布院ではその通り取り組まれています。

由布院に関して今までに読んだ4冊の本、サインがあるのは中谷健太郎さんの「湯布院発、にっぽん村へ」。
溝口さん、中谷さんからいただいた名刺からも思いが伝わってきます。溝口さんは住所を『九州由布院盆地』、中谷さんは住所を『大分県由布院盆地』とされています。大分県由布市湯布院町ではないのです。